
ふと、大学のゼミのことを思い出していました。
私の通った大学では、2年次からゼミが始まります。
私が所属していたのは、当時そこそこ人気のあったゼミ。
そのため、入ゼミの試験がありました。
先生がとても柔軟で楽しい方で、
試験内容もユニークでした。
テーマは
「あなたが今までに読んで、人におすすめしたい小説/映画」と、
「ゼミで取り上げてみたいテーマ」。
それをまとめたレポートを持って面接に行ったのですが、
私は9割5分、小説と映画の話をしていました(笑)。
入ゼミ後に聞いたら、
「3年間も一緒に過ごすんだから、気が合う人のほうがいいでしょ?」
という先生の考えで、あの内容にされたのだそうです。
ゼミの人数も、先生が卒論までしっかり見られる範囲に絞っていたとのこと。
男子に人気があったので、女子の倍率は思ったより高くなかったものの、
それでも募集人数を超える希望者がいたので、
合格できたときはほっとしたのを覚えています。
思えば、そうやって「入口に制限をかける」「在籍人数を絞る」ことで、
先生はご自身の研究と、学生の指導を両立されていたのだろうなと感じます。
いや、それでも先生の忙しさは尋常ではなく、
本当にパワフルな方でした。
とはいえ、ぎゅっと絞られたゼミの中でも、いろいろなことがありました。
厳しいゼミだったので、実際に12人中2人は卒論前に辞めていきました。
先輩・後輩の代を見ても、
最初のフルメンバーで卒業した学年はなかったように思います。
やる気があって、先生との相性も悪くなくても、
全員が最後まで続けるのは難しい。
私自身も、心が折れそうになったことが何度もありました。
そんなことを思い出しながら、
最近は学校や塾、習い事のことを考えていました。
入学試験・入塾試験・入団試験があるところもあれば、
何もなく入れるところもあります。
(公立の小中学校なんて、まさにそうですよね。)
人を選んでも、あれこれある。
選ばなくても、あれこれある。
……そりゃ、いろいろありますよね。
ゼミでも、本当にお互いに気をつかい合いました。
だからこそ、衝突もあったし、和解もありました。
学校や塾、習い事とは違う面もありますが、
やはり「人が集まるところ」には、それぞれの物語があります。
そして、今になって思うのです。
人って、「入口を絞ったからうまくいく」わけではないんだなと。
きっと、「合わせていく」ことが大事なんですよね。
自分を無理に曲げるということではなく、
お互いに少しずつ折り合いをつけていく。
それでも譲れないところがあるなら、そこはしっかり伝える。
それで合わなければ、「じゃあ別の道を」と分かれる。
ゼミはそうやって別の道に進んで、
行き来としていた仲間を見ていました。
大学在籍中は最後まで挨拶したりしゃべったりするぐらい、
その人が決めた道を応援するというお互いの漢字があって、
悪い関係での別れではなかったです。
それでいいのだと思います。
うまくまとまりませんが、
そんなことを、ふと思い出していました。
ちーず